COCOON 西川晴恵インタビュー|ハンドメイド・手仕事・手作り品の購入・販売 "iichi"

#12 COCOON 西川晴恵(染織り作家)

2011.12.29

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~技術との出会い、素材との出会い~

どうしてこの世界に入ったんでしょう。

やりたいことが分からないまま進学した美大で、染織、布と出会いました。最初は軽い気持ちで授業を取ったのですが、やってみたら自分にあっているかもしれない、と。でも他の科を専攻してしまっていたので中退して、テキスタイル全般の勉強ができる専門学校に入り直しました。 勉強しながら大手のアパレル会社でアルバイトをしていたのですが、トレンドを追う仕事は自分には合わないと感じるようになり、「原材料から製品までが見える所で働きたい」と漠然と思うようになりました。
紆余曲折ありましたが、沖縄の伝統的な織物である芭蕉布を作っている喜如嘉芭蕉布工房で修行できることになったんです。そこでは糸の原材料の芭蕉を畑で育てるところからやっているんですよ。「今日は畑」「今日は染め」「今日は織り」という感じで、工房では糸の原材料作りから布の仕上げまで、全ての工程をこなしていました。 ネパールに行ったり実家の横浜に里帰りしたりしながらでしたが、5年間その工房で働きました。子供を産みに実家に帰った後でまた沖縄に戻ってきたときは、「もう帰ってこないと思ってた」とびっくりされましたね。

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沖縄で独立されたんですね。

先の見通しもなく、2002年に工房を辞めて沖縄で独立しました。色々な面でインターネットの力を借りましたね。何のつてもないし、沖縄県内はマーケットも小さいし、使っている素材はマイナーなものだし…とにかく外に情報発信する必要があったので。私が使っているネパールのアローと呼ばれるイラクサの糸は、日本で他に扱っている方も殆どいなかったので、2010年までは糸や、ネパール産の天然染料をネットで販売していました。仕事をするうちに、自分が沖縄にいる必然性もないなと感じて、横須賀に引っ越してきたのは2006年。9年越しで出身地である神奈川に帰ってきました。

作品の素材について教えて下さい。

糸はヘンプや、イラクサといったネパールの素材を主に使います。どちらも沖縄に修行に行く前、旅行もしばらく行けなくなるからと3ヶ月ほどネパールとインドを一人旅した時に出会った素材で、「面白い糸があるな」と持ち帰って来たんです。今はこの2種類の糸をメインに、他に絹や綿、ウールなども使います。イラクサとヘンプを織り始めたのは芭蕉布工房で働いている時で、自宅で一人、試しに織ったのが始まりでした。どちらの素材も、糸自体の力強さやプリミティブな感じが自分の資質に合っていたようです。
染色には琉球藍やインド茜、ラックダイ、その他色々な天然染料を使っています。藍を染めるには「藍建て」という工程が必要で、今は薬品を使ってもできますが、私は泡盛と水飴を使った昔ながらの天然発酵建てという方法を取っています。

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ご自身の資質を自覚していたんですね。

漠然とは分かっていたつもりでした。でも独立して試行錯誤しながら作っていくうちに、改めて自分の好みや資質を洗いなおす必要を感じるようになってきました。 そうして過去の名品といわれるものを色々と見ていくようになったのですが、それを続けていると自分が、「新しいものが生まれてくる動きの中の、まだ洗練され切っていない、勢いのある状態」というのに特に惹かれていることに改めて気づかされました。日本のものだと、飛鳥、奈良、安土桃山、慶長といった時代のものです。
自分の嗜好は今でも確認し続けているし、またどう見せれば人に伝わるかということを考えています。かっこいい、美しい、引っかかる、と感じるものをtumblrに集めているんですが、時々自分の作品もその中に置いてみて、響き合うかどうか観察しています。

そもそもなぜ「織り」だったんでしょうか。

織物というのは経糸と緯糸だけで構成される、という制約がある分野でもあります。その制限された世界の中に、無限のパターンがある。もっと自由度が高い技法が向いている人もいると思いますが、私の場合はこの制約があることで救われている部分も多いですね。だからこそ見えてくる道があるというか。まあ、それに甘えてもいけないのですが。

~価値と伝統~

着物の帯でこういう感じのものは珍しいですね。かっこいいです。

ありがとうございます。
呉服も歴史がある世界なので、ネームバリューやブランドという既存の価値観が根強い分野でもあると思います。それも一つの有用なものの見方かもしれませんが、最終的にはやはりその人自身の目で作品を見て、評価してほしいという思いはありますね。
私は仕事として着物に関わるようになって初めて、これまで「伝統的な日本」についてあまりに無知だったことを自覚したんです。そこから「日本的」と言われているものは何だろう、と考え始めるようになりました。
そして、現在多くの人が「日本の伝統」として漠然とイメージするもの、「和のもの」として流通しているものは、江戸期、特に中期以降のもの…江戸期に円熟し、完成したその表層、形をなぞっているだけではないかと思うようになったんです。日本には古代から脈々と連なる、広大で豊かな資産があるのに、なんてもったいないのだろう、と。自分は、表面的な「形」をなぞるのではなく、もっと本質的なところに触れて、創作していけたら、と思っています。大変困難ではありますが。

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そんな風に時代や土地を見直していくと、いろんな発見がありそうですね。

たとえば、どうしてこのイラクサやヘンプが、2千年も3千年もの昔からずっと使われてきて、今もここにあるのか。どんな植物にも繊維があり、糸を取ろうと思えば取れないこともないのに、どうしてこれだったんだろう、と。
その理由はやはり、人間とその土地の風土、気候、生活、経済、いろいろなことが理に適っていたからなんですよね。抗菌作用があるから腐りにくいとか、身につけて気持ちいいとか、材料が手に入りやすかった、とか、呪術的な意味も含んでいたかもしれない。実は日本でもイラクサもヘンプも、つい最近まで私たちの身近で使われていたんです。日本人は絹や綿よりも、ずっとずっと古い時代から麻を身につけていた民族なんですよ。
植物から繊維を取り出して、糸を撚り、布を作る。あえて手作業でやるとなると手間がかかり、今の時代には高価になってしまう。それでも普段味わえない心地よさや愛着、高揚感を人に与えることができるのならば、価値があるといえるのかな、と。伝統というのは、単にスタイルや形ではなく、本質的な価値が伝わってこそ存在していけるし、していく意味があると考えています。

~手で作るということ~

西川さんはどうして、あえて手で作るんでしょう。

布を1枚作るにも、手作業以外の選択肢がなかった時代と、機械で大量に一定の高品質のものが作る事が可能となった今とでは、手で作るものに求められている仕事は違ってきますよね。手で作ることによって生じるゆらぎ、そこに使い手が心地よさや美しさを見いだす。それが今の時代に求められる手仕事の一つの方向かと思います。
誰が何を作るにしても、結局は自分のフィルターを通してしか作ることができない。「作りたい」と思うものを最終的に形にできるかどうかは、自分のフィルターの精度と自分の技術にかかっている。そのフィルターは過去の経験や思考の癖などによって簡単に曇ってしまうものです。だからいつもフィルターをリセットして、クリーンな状態に刷新することを意識するようにしています。それから技術の向上も、ですね。
先入観や思い込みを排した「理に適ったこと」に、美が宿るのではないかなと思うんです。人間が時代を通じて、修練を重ねて作り続けてきたものには、必然的にそういった「理に適った美しいもの」が多いですし、そういうものが残ってきたのだと思いたいですね。

使い手もでき上がるまでの文化全体を含めて、作品と出会えたり、向き合えたりしたらいいですね。

そうですね。最初はもの自体を見て単純に、いい! 好き! でいいと思うんです。でもそこから「自分の中に響くもの」を確かめつつ掘り下げて行って、とてつもなく深くて広大な世界があることを少しでも感じることができたら素敵ですよね。そうすると今度は、知らないうちにより深いものに惹かれるようになる、という反対の流れもできてくる。そういう人達がもっともっと増えて、もの自体も、その出会いも、より大切にされ、いいものが理解され、選ばれていくようになるといいなと思います。

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本当に色んな事を考えて作っていらっしゃるんですね。

私は不器用なので、考えないと仕事が続けられなかったんです。色々と悩んだりはしますが、でき上がった作品には個人的な思考の残骸は残したくないし、執着もしません。うまくできた!と思えた子ほど早くお嫁に行って欲しいですね。 今、世の中では「手作り=思いがこもってる、楽しい、心地のよいもの」というイメージと、それを補完する「物語」を求める風潮があると感じるのですが、私はそれにはどうしても違和感を感じてしまう。特に作り手や売り手が安易にそれに乗ってしまっていいのかと。

一個人が制作活動で日々食べていくというのはいつだって精一杯、ギリギリですし、自分の嫌な面や世の中の理不尽なところとも向き合い続けていくことでもあります。「本当のこと」というのは実はそんなに楽しいものではないし、しんどい事のほうが多い。 でも、自分の作ったものが誰かの手に届いて、その方自身のものになって、大切にしてもらえる。それは作り手にとって大きな「悦び」であり、それを味わえることは幸せなことかもしれません。 20代前半までの彷徨っていた時期からは想像もできませんが、今は「自分の仕事の意味」などは考えなくなりました。とにかく食べていかなくてはいけないし、ただ日々やるべきことをやるしかない。

最終的には、選んで、買って、使ってくださる方がいて初めて作り手は作り続けられる。制作者側がいくら真摯に作っているつもりでも、それが人に伝わらない、買っていただけないのなら続けることは不可能で、辞めるしかない。だからこそ、自分の作ったものに価値を見いだしていただいて、それだけの対価を払ってでも欲しいと思っていただけたときは本当に嬉しく、心から有り難いと思います。そして自分もそれに応えられるよう、様々な面で努力していかなくては、と思います。

「iichi」さんという場で、国内、国外を問わず一人でも多くの真剣にものを見て下さるお客様と、作家、作品との出会いがあったら素敵だなあ、と期待しています。そういう場があるということは、自分のような制作者達にとって本当に大きなエネルギーになると思うんです。



*展示会情報
Foglia (フォリア)工房展「松虫寺の600年椎の樹の色と織更紗」

日時:2012年2月17日(金)~20日(月)(会期中無休)
   11:00~19:00
場所:dye works Foglia (フォリアの工房にて)
   東京都新宿区西早稲田3-7-11 ハラダ面影橋マンション603

染色家・仁平幸春さんの工房にて開催の「Foglia(フォリア)工房展」。
今回は西川晴恵さんとの合同展が行われます。


〈西川さんよりメッセージ〉

Foglia 仁平は、樹齢600~700年と言われる、
由緒ある松虫寺の椎の樹の樹皮によって地色を染めたものを中心に、
着物や帯、小物類を出品致します。
この樹皮から染めた、実に深い、落ち着きのある
金茶から茶色系の色、深いグレーをご堪能下さい。

Cocoon 西川は、最近試みている「織更紗」を中心に。
“更紗の要素や特徴、魅力を抽象化し、
織物として昇華させた作品”を中心に、
帯や小物類を出品致します。



COCOON 西川晴恵

Harue Nishikawa

1987 ネパール初渡航
1990 ネパール クーンブ地方トレッキング
1991 東京造形大学デザイン科入学  翌92年退学
1992 大塚テキスタイルデザイン専門学校科入学
1994 インド初渡航 日印染織シンポジウム参加
1995 大塚テキスタイルデザイン専門学校卒業
1997 ネパール、インド一人旅  ネパールでイラクサ(アロー)とヘンプに出会う
1997 沖縄本島へ転居 喜如嘉芭蕉布工房伝承生として芭蕉布制作を学ぶ
2002 HP開設
2002 芭蕉布工房退職 Cocoonとして活動を始める
2002 ジャパンクリエーション入選2点
2006 沖縄本島より神奈川県横須賀市へ転居

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