ギャラリーvol.30 地場産業・伝統工芸による新しいモノ作りプロジェクト DESIGNING OUT | ハンドメイド通販 iichi(いいち)
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挑み、悩むことで新たな有田焼の可能性を広げる旗手。

有田焼の可能性を広げる挑戦者。吉右ヱ門窯 原田吉泰氏。

吉右ヱ門窯があるのは、有田町応法という窯業の町・有田のなかでも昔ながらの窯元が連なる地域。原田吉泰氏は祖父の代から続く窯元の3代目にあたります。父の代から割烹や旅館用の食器製造を主としてきましたが、原田氏自身は有田の伝統の分解と再構築をテーマに掲げ、既成概念にとらわれない新しいものづくりを目指しています。

サンプルを前に、魅せたいうつわと盛りたいうつわについて議論を交わす『丸若屋』代表の丸若裕俊氏

磁器なのに経年変化が愉しめる。「矛盾」を生んだ運命の炎。

各窯元からの試作品が上がった日、『丸若屋』代表の丸若裕俊氏からひとつのアイデアが出ました。それは、茶筒全体を黄金色にして、その金色のムラにより景色をつくるというもの。「例えば、京都の開花堂の茶筒は何年も使い込むほどに光沢と色が変化し、自分だけの逸品に育っていきます。中でも真鍮の経年変化が好きなので、その風合いを提案してみました」(丸若氏)。

吉右ヱ門窯 「茶筒(円筒型蓋物)」

吉右ヱ門窯「茶筒(円筒型蓋物)」の完成。

吉右ヱ門窯の原田氏は早速、その風合いを出せる釉薬の配合や焼成温度などの試作を重ね、三たび焼成することでようやく内側からにじみ出るような黄金色が完成しました。
少し使いこまれたような金属の質感を出すために、表面には金の釉薬、内側にはプラチナの釉薬を使って複数回焼成。華やかさだけではなく金の厳かさなども表現する色で、光のあたり具合でさまざまな表情を楽しめます。

忠実な写しが裏目に 再び形を模索する

忠実な写しが裏目に、再び形を模索する。

まず福田氏は、極小の香合の形を正確に捉えてそれを引き延ばすことに着手します。オリジナルのうつわは羽根や内側をラフな線で仕上げており、それを忠実に再現することを試みました。「なかでも成形で一番気を使ったのがしっぽのラインです。これだけ長く出っ張っていると乾燥や焼成時にどうしても下に垂れてしまいます。生地の状態から完成時までの間にどのくらい下がるかを計るため、事前にサンプルを焼いてみて、それを元に形を決めました」(福田氏)。

徳永氏が苦心して仕上げた¨砧青磁¨のような着色。

やわらかな青磁が生み出す、可愛くも気品ある佇まい

そしてうつわは徳永氏のもとへ。はじめは金彩を用いて古陶磁ならではの風合いを表現していましたが、そこに赤を差すことで存在感を出したりと試行します。ところが、もともとの小さい香合を、料理が盛れる大きさまでサイズアップさせてしまうと、どうしてもその価値が薄れていくことに気づきました。そのため、古典をそのまま写すという当初の目論みを離れ、絵付けではなく鉄分を含む色釉を釉がけし、ソリッドな形が引き立つ青磁に仕上げることに。こうして、コラボレーションは完成したのです。

窯元による“分業”で古伊万里名作に挑む、福珠窯・徳幸窯。

有田の「福珠窯」と「徳幸窯」。2つの窯元が分業で挑む。

伝統的に、成形や絵付けなど工程ごとに分業することが一般的となった有田焼のなかでも、窯をまたぎ、窯を代表する職人同士の合作は異例。成形を担当したのは「福珠窯」の福田雅夫氏、造形のセンスに溢れた職人。窯の2代目にあたる福田氏は、武蔵野美術短期大学を卒業後、一度は都内の金属鋳物の町工場に就職し、デザイン・制作・現場と幅広く仕事を担当。その経験がデザイナーと職人の協同作業という仕事の進め方の土台となったといいます。そして、福珠窯で素焼きされたうつわに絵付けを行ったのが「徳幸窯」の徳永弘幸氏です。徳幸窯の5代目である弘幸氏になってからは、新しい食文化に対応したオリジナルのうつわの制作なども行ってきました。

思考と試行を繰り返す気鋭が生んだ「蓋物の唐津焼」健太郎窯。

思考と試行を繰り返す「健太郎窯」による蓋物の唐津焼。

今回、同じテーマをもとにふたつの異なる窯元が取り組んだうつわ「ボンボニエール(唐津球形蓋物)」。一方を唐津焼を代表する窯元「中里太郎右衛門陶房」に、そしてもう一方を唐津の俊英、「健太郎窯」の村山健太郎氏に託したのでした。「健太郎窯」の築陶は2008年。大学でデザインを学んだのち、「手仕事から形あるものを生み出したい」と陶芸の道に進みました。研究者のような気質から生まれる焼き物は、各地の目利きのギャラリーをはじめ、素材感を大切にする一流のデザイナーや建築家からも注目される存在です。

目利きを唸らす器を生む、ラボのような陶房。

目利きを唸らす器を生む、ラボのような陶房。

村山健太郎氏は開陶時からある登り窯に加え、新たに灯油を燃料とした窯を導入しました。焼成を炎に委ねることで予期せぬ火焔の変化や灰が降り、思わぬ釉色が現れる薪窯は、唐津焼の「味」をつくり出す重要な要素のひとつ。村山氏はあえて自分の作品の幅を広げるために、灯油窯を始めたといいます。

見てよし、使ってよし。名作を凌ぐ美しき蓋物。

見てよし、使ってよし。名作を凌ぐ美しき蓋物。

唐津焼では生地の収縮が大きく身と蓋の合わせが難しいため、料理用の蓋物を作ることはめったにありません。蓋合わせの解決策として、蓋を被せて焼き収縮を合わせる方法もありますが、重なった部分が釉薬のかかっていない焼き締めになり見た目のバランスが崩れるため、口のギリギリまで釉薬をかけて伏せた状態で焼き、焼成後に身と蓋がかみあうものを探すという手間のかかる方法を選択。過剰な味出しは抑制しながらも、窯の温度を薪窯の温度曲線に合わせて調整することで、初期の朝鮮青磁のような品のある景色をつくり出しました。

伝統の陶房「中里太郎右衛門窯」による新時代の唐津焼。

伝統の陶房「中里太郎右衛門陶房」による新時代の唐津焼。

約420年以上の歴史がある唐津焼の中でも、『中里太郎右衛門陶房』は名実ともに当地の焼物を代表する存在。江戸時代には唐津藩の御用窯として献上唐津を焼き、12代の無庵は一時途絶えていた古唐津の技法を復興させたことで重要無形文化財(人間国宝)にも認定されました。その孫にあたるのが、14代中里太郎右衛門氏。若い頃は父の影響もあり彫刻や日展を目指しオブジェ風の作品を作っていたそうですが、ある献茶祭で茶碗を作ったことを機に伝統の古唐津に傾倒していきます。

伝統×伝統で唐津を革新へと導く。

伝統×伝統で唐津を革新へと導く。

「唐津焼らしさは見せつつもモダンな印象に仕上げたかったんです」。中里氏は、蓋の上部をフラットにし、身の側面に反り返りをもうけることにしました。そのシャープな立ち上がりと平らな蓋の安定感が組み合わさることで、現代の食のシーンにもなじむような洗練された印象が生まれました。日頃から唐津の伝統の大切さと、時代に合った使い勝手の良さ、その両面に目を向けているという中里氏。伝統と革新の間を自由に行き交う匠の手から、新時代の唐津らしい器が生まれました。

意匠のハイブリッドが生んだかつてないモダンな唐津焼。

意匠のハイブリッドが生んだかつてないモダンな唐津焼。

完成時に丸若氏たちを驚かせたのが蓋と身(本体)の部分で異なる意匠を組み合わせる手法。試作では全体に絵唐津を施していましたが、完成したうつわは身が黒唐津、蓋が絵唐津という、ふたつの唐津焼の作風を組み合わせたものでした。どちらも唐津焼の伝統的な意匠ではあるものの、そのふたつの組み合わせは前代未聞。ひとつの蓋物として捉えると黒はより引き締まり、絵唐津の土味もいっそう素朴な魅力が増している印象。秋の食宴に合わせて描いたすすきの鉄絵も伸びやかに躍動しているように見えます。唐津随一の歴史を誇る窯元が、伝統を見つめ直すことで生み出した「新たな唐津焼の革新」です。

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